とりかへばや日記

戸籍の性別を取り替えるまでの記録

『性別に違和感があるって何?勘違いじゃなくて?』って話

昨夜からずっと、いろいろと語りたい気分だ。

そういうときにブログというのは非常にちょうど良いので、今日もまた、自分の中の整理も兼ねて書き連ねてみる。

 

いきなり本題だが、自分はシスジェンダーの気持ちがわからない。身体の示す性別と、自分の思う性別が完全一致したことがないからだ。手術し、女性機能は失ったが、男性機能は現代医療では得られない。戸籍が男性になっても、自分が自分の身体で射精することは一生ない。だから、本当の意味での『シスジェンダーの感覚』は、絶対にわかることはない。

だから思う。シスジェンダートランスジェンダーの気持ちを完全に理解するのも不可能だと。だって彼らは、身体と自認の性別が違ったことはないし、我々同様に手術をしても別の性別の身体は完全には得られないのだから。

ならば、どうすれば良いか。

せっかく人類には言語というツールがあるのだから、できる限り言語で表現してみたい。

 

よくシスジェンダーに「性別の違和感って何?」と聞かれる。彼らにはわからないのだから、当然の疑問だ。

困るのが、それから発展して、「スカートが嫌いなシス女性もいる」「スカートを履いてみたいシス男性もいる」「シス女性だって生理は嫌だ」「シス男性だってスーツは嫌いだ」etc…だから、「お前は勘違いではないか?」と疑念、否定になることだ。トランスジェンダーでこのやりとりを経験したことがない人の方が少ないのではないか。

以下は、これらを言われまくってきた自分の、個人的な反論である。

上記のような指摘は、確かにシスジェンダーでもよくある感覚なのだろう。しかし、これらはあくまで表面的な事案に過ぎない。

自分にはわからないので、シスジェンダーの皆さんに問いたい。貴方たちは、それを何十年も、途切れず、ことあるごとに感じてきましたか?そのような場面の度に、自分という存在を否定され、心がスッと冷えて死んでいく感覚になりますか?

生理が嫌だ。鬱陶しい。そりゃほぼ全ての身体女性がそうだろう。だが、毎月生理が来る度に、吐き気がするほどの嫌悪を感じ、自分の身体を呪いますか?なぜ自分に生理が、子宮があるのだろうと、答えのない問いを何十回も考えましたか?逆に、なぜ自分に陰茎がなく、射精機能がないのだろうと考えましたか?

スカートを履くのが嫌いだ。ファッションだから、そう言うシスジェンダーもいるだろう。しかし、学校の制服でスカートを履かざるを得なくなったとき、なんとかしてスラックスにできないか、せめてキュロットにできないか、必死に考えましたか?毎朝制服を着るたび、自分の生まれた性別を恨みましたか?セーラー服を着て登校し、女性名で「○○さん」と呼ばれ、女子トイレで座って用を足す…この全ての段階に、疑問を持ちますか?なぜ自分が学ランを着て「○○くん」と呼ばれ立ちションができないのか、と考えますか?

そしてこれらを諦め、心を殺して、考えるのを辞めて、受け入れた経験はありますか?

この溝が埋まらない限り、シスジェンダーの人たちと我々トランスジェンダーは、一生わかりあえないだろうと思う。

だからといって、この感覚の共有すらも諦めてはなるまい。ごまめの歯ぎしりに過ぎなくても、自分はできる限りトランスジェンダーの気持ちを書き残して、そして死にたい。

 

さて、今日は、そんなちっぽけなトランスジェンダーが、貴重な休みを利用して、切手と収入印紙と診断書と申立書を持って家庭裁判所に行ってきます。これまたシスジェンダーならやらなくてもいい手間ですね。

シスジェンダーの「嫌なこと」は、このような手間を受け入れても、変えたいと思うのだろうか?教えて欲しい。