最終回
タイトルどおり、今回がこのブログの最終回となる。
以前の記事に書いたように、無事に戸籍の性別を男にすることに成功した。
これで、自分の「彼女」を「妻」にすることに、何の障壁もなくなったのである。令和6年の日本においても。
先日、彼女のご家族にご挨拶をした。
十年来の付き合いである自分と彼女。彼女はシスジェンダー女性で、ややレズビアン寄りのバイセクシャルだ。だから、最初は、自分と彼女は、レズビアンカップルとして付き合い始めたのである。そしてそれを、彼女の親御さんもご存知だった。
(肉体的)同性カップルで、周囲とはいろいろといざこざもあった。しかし、十年近く彼女と一途に付き合い続けたことと、そしてお金と時間と手間と肉体的苦痛という負担も受け入れて戸籍の性別を変更し、それでも彼女と一緒になりたいという誠意が親御さんに伝わったらしく、ついに結婚を許していただけた。
直接聞いたわけではないが、彼女のご家族内で「(筆者が)よく頑張った」「立派だ」というお言葉までいただいていたそうだ。
どうでもいいが、これは自分の毒親からは1ミリも出なかった言葉だった。この事実を知って、こっそり泣いた。
そして、数日前、「彼女」と区役所に行った。5分後、自分は「妻」と出てきた。どこかで聞いた言い回しである。決して彼女を区役所に置いてきたわけではない。
記入済みのA3の紙一枚とそれぞれの免許証を持参しただけで、あっという間に手続きは済んだ。戸籍謄本もいらないし、一緒に住んでるかとか、ちゃんと付き合ってるかとかの確認なんて、もちろんいらない。少し前からハンコすら捺さなくて良くなったそうだ。
びっくりするほど簡単だった。成人している戸籍上の異性カップルは、こんなに簡単に夫婦になれるというのか。これを経験すると、戸籍上の同性カップルのハードルがとんでもなく高く感じた。
逆になんでこれが同性だとダメなんだ? と、余計に意味がわからなかった。
余談だが、この翌日以降の、妻の改姓作業のほうが大変だった。免許証、マイナカード、保険証、年金、銀行、クレカ、パスポート…。改姓してもらう「夫」の責任として妻に同行したが、役所が混んでいたり銀行が閉まる15時に間に合わなかったりで、一日では終わらなかった。そして、夫婦ともどもぐったりと疲れてしまった。
ということで、人知れず始めた匿名のこの備忘録は、今回でおしまい。
いやはや、ここまで約一年かかってしまった。とても長い道のりだった。
すごく疲れた。
お金がクソかかった。借金(医療ローン)もした。入院や検査通院で仕事を休まなければならない日も多く、給料が減ることは避けられなかったので、手術前と体力が戻ってからは馬車馬のように働いた。7月は働きすぎてほとんど家にいなかったレベルだ。
そして、手術はめちゃくちゃに痛かった。退院後しばらくは腹痛と陰部痛に苦しめられた。出血もするから、数年ぶりに自分用のナプキンを買い、持ち歩いた。
でも、まぁ、なんとかなった。
スーツにネクタイを締め、念入りに髭を剃り、髪を整えて、膝を揃えて、彼女…今は妻だが、そのご両親に「彼女さんと結婚させてください」とお願いする日が自分にも来るなんて、夢にも思ってなかった。そしてそれにお義母さんが笑顔で頷いてくださり、お義父さんが「よろしくお願いします」と言ってくださった光景。かつてないほど緊張でガチガチだったが、あの日のことは一生忘れない。
あぁ、なんと有難いことか。
今後の日本で、同じように戸籍の性別を変えたい人たちの負担が、少しでも減りますように。
手術ができない、したくない人が手術を強要されず、手術をしたい人は高額な金銭的負担を強要されないようになりますように。前者は叶いつつあるけど、これへのシスジェンダーの偏見、差別が少しでもなくなりますように。
そして、シスジェンダーホモセクシャル、バイセクシャルのカップルが、ヘテロセクシャルカップルのようにA3の紙一枚を出すだけで5分で夫婦になれる日が、一刻も早く来ますように。
そう願って、このブログは終わりにしたい。めでたしめでたし。